第10回の返歌特集です。今回は、ピアノに託した恋の二篇を取り上げます。
元句が**「言葉にならず、和音が乱れて」と告白の一歩手前で立ちすくみ、返歌が「言葉より先に、君の名前だけが鍵盤を叩く」**とその指をさらに震わせる——言えなかった気持ちが、音になってあふれ出す。同じ鍵盤の上で、想いがひとつ深くなるやりとりでした。
一句目:言葉にならない、その和音
川石のりたけさんの短歌。
君を呼ぶ 慣れない指を 鍵盤に / 言葉にならず 和音乱れて
**「君を呼ぶ」**ために、慣れない指を鍵盤に置く。
好きだと言えばいいのに、言えない。だから、代わりにピアノで伝えようとする。でも、慣れない指はうまく動かなくて、「言葉にならず/和音乱れて」。音楽にすることすら、できない。告白が、二重に失敗しているんですよね。言葉でも言えない。音でも届かない。
でも、この**「乱れた和音」**こそが、いちばん正直なんです。整ったメロディよりも、うまく鳴らせなかった不協和音のほうが、よっぽど「好き」を伝えている。不器用さが、そのまま切なさになっている一首です。
二句目:それでも、名前だけが鳴る
そこに、若き夢見人さんが返歌を寄せます。
指が震える / 言葉より先に / 君の名前だけが / 何度も何度も / 鍵盤を叩く
これを読んだとき、元句の「乱れた和音」の、その中身が見えた気がしました。
川石さんが**「和音が乱れて」と書いた、あの乱れ。若き夢見人さんは、その乱れをもっと近くで、スローモーションにして見せてくれます。指が震えている。そして、「言葉より先に」——理性で「こう弾こう」と考えるより早く、指が勝手に動いてしまう。鳴っているのは、もうメロディですらない。「君の名前」だけ**が、何度も何度も、鍵盤を叩いている。
「叩く」が強いんですよね。そっと弾く、じゃない。叩く。抑えきれない気持ちが、指の先から、打鍵という形であふれ出してしまっている。元句の静かな「乱れ」が、返歌でもう止められない連打になった。想いのボルテージが、一段、跳ね上がったんです。
「乱れ」から「連打」へ
このやりとりの面白さは、同じ「うまく弾けない」を、二人が別の角度から詠んでいるところにあります。
- 元句:言葉にならず、和音が乱れる(静かな、内へこもる不器用さ)
- 返歌:指が震え、名前が鍵盤を叩く(外へあふれ出す、抑えきれなさ)
川石さんが**「言えない」もどかしさを短歌の静けさで置いたのを受けて、若き夢見人さんは自由詩のリズム**で、その指の震えと連打を畳みかけた。短歌から自由詩へ、形式が変わることで、こらえていた気持ちが堰を切る感じが、見事に出ています。乱れた和音の正体は、名前の連打だった——そう教えてもらったようでした。
川石のりたけさん、若き夢見人さん、鍵盤の上の恋を、二人がかりで震わせてくれてありがとうございました。
返歌って、元句がそっと閉じた指の内側を、そっと開いてみせることができるんですよね。「和音が乱れて」の一言に隠れていた震えを、こんなにも近くで見せてもらえるとは。
みなさんにも、言葉にならなくて、別のかたちであふれてしまった気持ちはありませんか? よかったら、この二篇に第三の一句を継いでみてください。鳴りやまない鍵盤の、その先を、誰かが詠んでくれたら嬉しいです。