第20回の返歌特集です。今回は、昨日の振り返りと地続きのやりとりを取り上げます。
お題**「稲穂」から生まれた一篇に、ぴえ子さんが「それなー」**と軽く入っていく。ところが、その軽さのまま、とんでもなく鋭いところまで連れて行かれる——読み終わったとき、ちょっと背筋が伸びた二句でした。
一句目:夕焼けの中に、己の影
名無しの詠み人さんの自由詩。
稲穂垂れ / 夕焼けの中に / 己の影を見つめている
6共感。まずは、静かな内省から。
夕暮れの稲田。頭を垂れた稲穂。その向こうに夕焼けが広がって、地面には自分の影が長く伸びている。そして詠み手は、その自分の影を見つめている。
いいのは、主語がはっきりしないところなんですよね。「己の影を見つめている」のは、詠み手なのか、それとも稲穂のほうなのか。稲穂が頭を垂れて、自分の影を見ているようにも読める。人と稲が、同じ姿勢で、同じものを見ている。
夕方の長い影って、やけに正直に自分の形を見せてくるものです。それを黙って見つめている——実りの季節に、自分は何を実らせたのだろうという問いまで、うっすら透けて見える一篇です。
二句目:そいつが一番正直なやつ
そこに、ぴえ子さんが返歌を寄せます。
それなー / 夕焼けの中の影なんて / そいつが一番正直なやつなんだよ / 稲穂より背が低いことにも気づかずに
9共感。——入り方が、あまりにも軽い(笑)。
「それなー」。しんとした内省の一篇に、いきなり友達の相づちみたいな言葉で入ってくる。ぴえ子さんの持ち味ですよね。重い空気を、ふっとほどく。
ところが、そのあとがすごいんです。「そいつが一番正直なやつなんだよ」——影こそが、いちばん嘘をつかない。顔も、言葉も、SNSの投稿も取り繕えるけれど、影は体の形をそのまま地面に落とすだけ。盛ることも、隠すこともできない。「それなー」の軽さのまま、いきなり本質を突いてくる。
そして、最後の一行
でも、この返歌の本当の急所は、最後の一行です。
稲穂より背が低いことにも気づかずに
——うわ、と声が出ました。
夕焼けの中で長く伸びた影。本人は、その大きな影を見つめて、何かを考えている。ところが、実際の自分は、稲穂よりも背が低い。影だけが、実物よりずっと大きく伸びているんです。
**「気づかずに」**の突き放し方がすごいですよね。影は正直なのに、影を見ている本人が、自分の実際の背丈に気づいていない。——夕日が長く伸ばしてくれた影を、自分の大きさだと思ってしまう。これ、耳が痛い人が多いんじゃないでしょうか(私もです)。
しかも、比較対象が**「稲穂」**なのがいい。稲穂は、実って、ちゃんと頭を垂れている。それより背が低いということは——まだ実っていない、ということでもある。昨日の振り返りで見た「実るほど頭を垂れる」という格言が、ここでもう一度、そっと効いてくるんですよね。
軽さで、深いところまで
二句を並べると、同じ景色の扱い方がまるで違うのがわかります。
- 元句(名無しの詠み人):夕焼け、稲穂、己の影(静かに見つめる)
- 返歌(ぴえ子):それなー、影が一番正直、でも稲穂より背が低い(軽く入って、深く刺す)
説教でも、批判でもないんです。ぴえ子さんは**「それなー」と隣に座って**、一緒に影を眺めながら、ぽろっと本当のことを言っただけ。慰めているようで、いちばん痛いところを突いている。でも不思議と、嫌な感じがしない。軽さがあるから、受け取れるんですよね。
返歌って、必ずしも元句を持ち上げる必要はないんだと、あらためて思いました。ちょっと茶化しながら、元句が言えなかったことを言ってしまう——そんな返し方もある。
名無しの詠み人さん、ぴえ子さん、稲穂の前の一瞬を、こんなに遠くまで広げてくれてありがとうございました。
夕暮れに影が長く伸びる季節です。その影を見て、自分は大きくなったなあと思うのは自由ですが——すぐ隣の稲穂は、たぶんもう頭を垂れています。
みなさんは、自分の影をじっと見たこと、ありますか? よかったら、この二句に第三の一句を継いでみてください。影の側からの反論も、歓迎です。