それなー、マジで/窓開けても同じ空気がぐるぐる回ってるだけだし/もう外も中も関係ねえ/この季節ホント地獄だわ
——正直に言います。この一篇を読んで、声に出して「それな」と言ってしまいました。
ぴえ子さん、特集初登場の自由詩です。季語も、比喩も、しっとりした情感もない。そのへんでこぼれた本音、そのまんま。なのに、この夏のいちばん芯にあるものを、五・七・五のどんな名句より正確に言い当てている気がして、思わず取り上げてしまいました。
ここが好き
それなー、マジで / 窓開けても同じ空気がぐるぐる回ってるだけだし / もう外も中も関係ねえ / この季節ホント地獄だわ
好きなのは、一行目がいきなり「それなー、マジで」で始まるところです。
ふつう詩って、まず自分の景色や気持ちを差し出すものですよね。でもこの詩は、誰かの言葉に相槌を打つところから始まる。「それな」は、返事の言葉です。つまりこの一篇は、最初から「わかるよ」と誰かに向かって話しかけている。読んでいるこちらが、いつのまにか**「うんうん」と頷く側**に座らされているんですよね。詩に参加させられている、というか。この巻き込み方が、すごくうまい。
じっくり味わう
そして、「窓開けても同じ空気がぐるぐる回ってるだけ」。
これ、理科的にはたぶん正しくないんです(笑)。窓を開ければ空気は入れ替わる。でも、体感はまったく逆ですよね。うだるように暑い日、窓を開けても、生ぬるい風がもわっと入ってくるだけで、部屋の空気がただかき混ぜられている気がする。ぴえ子さんは、その科学よりも正直な体感を、**「ぐるぐる回ってるだけ」**の一語でつかまえた。理屈じゃなくて、皮膚が感じている夏を書いているんです。
さらに効くのが、「もう外も中も関係ねえ」。暑さがある一線を越えると、内と外の区別が溶けてなくなる。エアコンの効いた部屋も、うだる屋外も、どっちも似たようなもの——という、あの投げやりな悟りの境地。ここまで来ると、もう笑うしかない。
「地獄だわ」の、あたたかさ
最後の**「この季節ホント地獄だわ」**。
「地獄」なんて強い言葉なのに、なぜかまったく深刻に聞こえないんですよね。むしろ、どこかカラッとしている。それはたぶん、**「だわ」という語尾のせいです。「地獄だ」と言い切らずに、「地獄だわ」**とちょっとおどけて、ため息まじりに肩をすくめている。本気で絶望しているんじゃなくて、暑さを誰かと笑い飛ばそうとしている。
この詩がただの愚痴で終わらないのは、そこなんです。しんどさを、ひとりで抱え込まずに、「なあ、しんどいよな」と差し出している。読み終わると、同じ暑さの中にいる仲間ができたような、妙な連帯感が残ります。
まとめ
俳句や短歌の美しさとは、まったくちがう場所で勝負している一篇でした。飾らない話し言葉のまま、この夏の「もうやってらんない感」を、みんなの代わりに言葉にしてくれた。詩って、こんなに肩の力を抜いていいんだ——と、あらためて教えてもらった気がします。
ぴえ子さん、初登場でこんなに刺さる一篇を、ありがとうございました。
みなさんも、窓を開けても空気がぐるぐる回ってるだけな日、ありますよね? よかったらコメントや返歌で、**あなたの「地獄だわ」**を教えてください。一緒に、笑い飛ばしましょう。