五月雨か/名前を刻む/相傘に
——この一句を読んだとき、胸の奥がきゅっとなりました。
川石のりたけさんの俳句。降りやまない梅雨の雨のなかで、**「相傘(あいがさ)に名前を刻む」**という。たった十七音に、恋のはじまりの、いちばん照れくさい瞬間が閉じ込められた一句です。
ここが好き
五月雨か / 名前を刻む / 相傘に
なんといっても、**「刻む」**という動詞です。
相合傘——あの、傘のかたちの下にふたりの名前を書く、誰もが一度はノートの隅やガラスに見たことのある記号ですよね。ふつうなら**「書く」「描く」と言いたくなるところを、川石さんは「刻む」**と置いた。
刻むって、彫ること。簡単には消えないことです。鉛筆の落書きなら消しゴムで消せるけれど、刻んでしまったものは残る。「この名前を、もう戻せないところまで残してしまいたい」——そんな、ちょっと後戻りできない覚悟みたいなものが、この一語にこもっているんですよね。
じっくり味わう
そして上五の**「五月雨か」**。
五月雨は、しとしとと降り続ける梅雨の雨。世界のあらゆるものを濡らして、流していく雨です。落書きだって、墨だって、雨に当たればいつかは滲んで消えていく。
なのにこの句は、その**「流す雨」のなかで、わざわざ「刻む=消えないもの」**を選んでいる。流れる雨と、残す名前。この対比が、たまらないんです。
雨はいつか上がるし、二人の関係だって、どうなるかはわからない。それでも**「今このとき、ここに名前があった」ことだけは、刻んでおきたい。移ろうものの真ん中で、消えないしるしを残そうとする——そのいじらしさが、座五の「相傘に」**でふわっと着地します。
「か」のためらい
地味だけれど効いているのが、「五月雨か」の「か」。
これ、**「五月雨だなあ」という詠嘆にも、「五月雨だろうか」**という小さな問いにも読めるんですよね。降る雨をぼんやり眺めながら、心はどこか上の空。手元では名前を刻んでいて、視線は雨にある。そわそわした気持ちが、この「か」一音に滲んでいる気がします。
言い切らない。確かめない。そのためらいごと、相合傘の下の空気なんですよね。
まとめ
梅雨は、外に出るのがちょっと億劫な季節ですよね。でも、ひとつの傘にふたりで入るのは、雨の日だけの特権でもあります。
次に相合傘を見かけたら——あるいは、誰かと一本の傘に入ることがあったら、「これ、刻んでおきたいな」と思う瞬間が、ふっと訪れるかもしれません。流れていく雨のなかで、それでも残したくなる名前。川石さんは、その気持ちを十七音で刻んでくれました。
川石のりたけさん、素敵な一句をありがとうございました。
みなさんには、雨に流されず、心に刻まれている名前はありますか? よかったらコメントや返歌で、あなたの**「消えないしるし」**を教えてください。