5月10日は母の日。その週のお題「母の背中」に届いた一首を、じっくり味わいます。詠み手は万次郎さん——詠むに初登場の作者です。
ここが好き
泣かすまい / 母の背中に / 誓う僕 / あの日のおんぶ / 今は我が子に
最初の四音、「泣かすまい」。この一語に、もう全部が詰まっています。
誰を泣かすまいなのか。明示はされていません。母を? 我が子を? 自分を?——たぶん、その全部。短歌の最初の音で、決意の重みをぽんと置く。あとは記憶のフレームが順に開いていくだけです。
じっくり味わう
「母の背中に / 誓う僕」——背中におんぶされながら、あるいは大人になって母の背中を見つめながら、何かを誓った瞬間。“誓う”という強い動詞を、おんぶの温かさが包んでいて、力みすぎていない。少年の頃の真っ直ぐな決意が、ふっと匂い立つようです。
そして下の句で時間が動きます。「あの日のおんぶ / 今は我が子に」。
母におんぶされていた“あの日”の僕が、いまは我が子をおんぶしている。世代を超えて、おんぶの温度がそのまま受け渡されている。背中で泣いた子は、別の背中で泣かないように、と願う親になる。
「今は我が子に」のあとに、句点はありません。続きが余白に残されているんですよね。これから先、いつかこの我が子もまた、自分の子をおんぶする日が来るかもしれない。歌が終わっても、おんぶの連鎖は終わらない。
母の日に、寄せて
「母の背中」というお題には、ふだん見過ごしている近さがあります。正面から向き合うのが照れくさい関係の中で、背中だけはずっと近くにあった。台所で何かを刻んでいた背中、洗濯物を畳んでいた背中、自分をおんぶしてくれていた背中。
万次郎さんの一首は、その背中をなぞり返すような短歌でした。「泣かすまい」と誓った少年が、いつの間にか我が子を背負っている——その時間の流れに、静かに胸を打たれます。
まとめ
短歌31音の中に、少年の決意 → 母の背中の記憶 → 親になった現在 → そして我が子へという長い時間軸を畳み込んでしまった一首。世代を超えていく親子の連鎖を、おんぶというたったひとつの動作で繋いだ手腕に唸ります。
万次郎さん、詠むへの初投稿で見事な一首をありがとうございます。みなさんにも、母の背中で誓った何か、ありませんでしたか?