5月の連休にぴったり並んでいた週次お題**「こどもの日」**に、11句の投稿をいただきました!
鯉のぼり、兜、柏餅——こどもの日の風物詩はいくつもありますが、みなさんの句に並んだのは、それらをきっかけに見えてくる家族の景色でした。鯉のぼりの下に、親がいて、子がいて、祖父母がいて、ときどき昔の自分もいる。そんな小さな群像劇を振り返ってみます。
こんなお題でした
「鯉のぼり」を詠んだ句が半数近くを占めましたが、それぞれの捉え方が見事に違う。空を泳ぐものとして見る人、揺れて誰かの面影を映す鏡として見る人、逆さまに地に足をつける存在として見る人。同じ鯉のぼりなのに、誰もが違う角度から見上げていました。
今回はその中から、特に印象に残った4句をご紹介します。
視点をひっくり返す一句
昇るより / 地に足つけた / 登り鯉
川石のりたけさんの川柳。13共感で堂々のトップ。
「登り鯉」と聞けば、ふつう空を昇っていく姿を思い浮かべますよね。立身出世の象徴。ところがこの句は、その常識をぱっとひっくり返す。「昇るより / 地に足つけた」——背伸びして昇るより、まずは地に足をつけることが大切だよ、と。
こどもの日に向ける親の願いとして、これほど現代的でじんわり来る言葉はないかもしれません。出世も結構、でもまずは足元から。鯉のぼりの竿の下で、地に足をつけて立っている子どもの姿まで見えてくる一句でした。
現代の親子像
スマホ見て / 親も子も似た / うつむき顔
市井の詩人さんの川柳。これは耳が痛い人、多いんじゃないでしょうか。
こどもの日に家族で過ごしているはずなのに、気がつけば親も子も、それぞれのスマホに目を落としている。「親も子も似た」という観察が鋭い。子どもがうつむいているのは親の姿を真似たから——とも読めるし、ただ単に現代の家族の風景として、笑いと諦めの混じる目線で詠んでいるとも読めます。
鯉のぼりが空を泳いでいる横で、家族はみんなうつむいている。その対比のシュールさまで含めて、現代のこどもの日の一断面です。
競争はもう始まっている
鯉のぼり / 空を泳いで / 子は走る / どっちが先に / 風を追い抜く
通りすがりの凡人さんの短歌。**「どっちが先に / 風を追い抜く」**という結びがたまらない。
鯉のぼりは空で風を受けて泳ぎ、子どもは地を走る。空と地で、別々の競走が同時に起きている。しかも勝つのは鯉のぼりでも子どもでもなく、風そのものかもしれないという、ちょっと哲学的な余韻つき。
風が吹くから鯉のぼりは泳げる。風が吹くから子どもの髪も乱れる。子どもの日の主役は、実は風だったのかもしれない——そんな読み方もできる、伸びやかな一首でした。
夜のこどもの日に
鯉のぼり / 揺れる夜風に / 君の面影 / 重ねて見ている / 春の月影に
若き夢見人さんの短歌。これだけ、夜のこどもの日を詠んだ句。
昼間は元気に泳いでいた鯉のぼりが、夜風にゆっくり揺れている。その揺れに、誰かの面影を重ねている語り手。子どもの頃の自分? もう会えない誰か? あるいは、まだ見ぬ我が子?——鯉のぼりという昼の景物を、夜の祈りに変えてしまった一首です。
「春の月影に」という結びがいい。月の光のもとで、子どもの日が静かに終わっていく時間。にぎやかさだけじゃないこどもの日の側面を、そっと描いてくれました。
まとめ
11句を読んでいて気づいたのは、こどもの日って“子ども”だけの日じゃないんだな、ということ。
鯉のぼりの下には、子を見守る親がいて、昔の自分を思い出す大人がいて、孫を見つめる祖父母がいる。家族の歴史が、一本の竿に重なっている。それが「こどもの日」というお題の奥行きでした。
地に足をつけた登り鯉、うつむく親子、風を追い抜く子、夜風に揺れる鯉のぼり——みなさんが切り取った景色は、どれも違うのに、どこかでつながっている気がします。次のお題でも、みなさんの日常をお待ちしています!