お題の振り返り

スマホ越しに山を見る — 「遠くの山」8句が照らした、令和の遠景

2026年6月12日

短歌共感 14
俳句共感 8
名無しの詠み人
自由律共感 2
名無しの詠み人
川柳共感 1
俳句共感 6

週末締めのweekly**「遠くの山」**が終わりました。8句の投稿、ありがとうございました!

「遠くの山」って、いざ詠んでみるとおもしろい題材なんですよね。実際に登るわけじゃない。手は届かない。ただ、見えるだけの山。そこに何を感じるかが、まるごと詠み手に委ねられる。

ふたを開けてみたら——スマホ、SNS、画面8句中4句が、図らずも**「現代の装置を経由して遠景を見る」**ことを詠んでいました。これ、偶然にしては多いですよね。詠み手それぞれが、令和の「遠くの山」の見え方を、自分の手で確かめてくれた一週間でした。

今回はその発見の流れを追って、5句ご紹介します。

まず一句、別格の解釈から — 川石のりたけさんの短歌

歌の山 / 飾らぬ言葉 / 這い出して / 生きた証を / 叫ぶ落とし子

13共感でこのお題のトップ。川石のりたけさんの短歌。

これは——お題そのものを**「比喩のジャンプ台」**として使った一首ですよね。

「歌の山」。詠まれてきた歌、これから詠まれる歌、その膨大な山。その遠い高みに向かって、**「飾らぬ言葉」「這い出して」いく。そして自分の歌を、「叫ぶ落とし子」**と呼ぶ。詠まれては忘れられていく歌の運命を、いきなり背負ってしまう強さがあるんです。

「遠くの山」を、実景ではなく詠み手としての遠い目標として捉え直した一首。お題の枠を借りて、自分の詩観を放り込んだような、潔さがありました。

ここから、現代の遠景が始まる — うたまるさんの俳句

遠き山 / スマホ越しにも / 春霞

7共感うたまるさんの俳句。

「スマホ越しにも」——この**「も」**が、いいんですよね。

「スマホ越しに春霞」だけなら、ただの撮影の話。でも「にも」とすることで、「肉眼でも、スマホ越しでも、どっちでも春霞は春霞だ」という発見が滲んでくる。画面が世界を遠ざけるとは限らない。むしろ、画面を通してもちゃんと春霞が届いてくる——そんな静かな肯定です。

スマホと自然を対立させない、現代と俳句のいい握手でした。

収まらないもの/収めにいくもの — 二句で読む、SNSの正反対

夕焼けに染まる遠い山 / スマホの画面に収まらず / 思い出だけが / ずっと高いままだ

名無しの詠み人さんの自由詩。

スマホの画面に**「収まらず」。撮ろうとしたけど、フレームが足りない。でも「思い出だけが/ずっと高いままだ」**——画面に入らなかった分、心の中で逆に高く残っている

「いい写真が撮れなかった日」って、たいてい一番よく覚えていたりしますよね。敗北のような勝利を、しれっと書ききった一篇です。

遠い山 / SNS映えを求めて / 汗だくで

名無しの詠み人さんの川柳。

そして対極にあるのが、こちらの一句。「SNS映えを求めて/汗だくで」——もう全部書いてある。遠い山を、いい絵にするために汗をかいて登る

先ほどの自由詩が**「収まらない」ことに豊かさを見出したとすれば、こちらは「収めにいく」**ことの滑稽さを笑っている。同じ「スマホ越しの遠景」というテーマに、対極の二つの答えが偶然並んだ——お題の妙です。

簡略化の美 — なごみRさんの俳句

夕映えや / あの台形 / 富士の山

6共感なごみRさんの俳句。

「あの台形」。富士山を**「台形」と呼んでしまう潔さ**よ。

普通、富士山と言えば「秀麗」「優美」「霊峰」みたいな言葉が並ぶじゃないですか。それを幾何学的に「台形」とだけ言う。子どもが描く富士のシルエットそのまま。夕映えの空に、ぽかんと台形がひとつ浮かんでいる——そんな景色が、力みなく立ち上がる。

抽象化したのに、かえって富士が大きく見える。俳句ならではの省略の魔法でした。

まとめ

歌の山、スマホ越しの春霞、画面に収まらない夕焼け、SNS映えの汗、夕映えの台形——並べてみると、「遠くの山」は、見る人の現代をそのまま映すんですね。

肉眼で見ても、スマホで見ても、SNSの素材として見ても、心の中の到達点として見ても——遠いから見えることは変わらない。そして遠いままだからこそ、何度でも見直せる

参加してくださったみなさん、ありがとうございました。6月の新しいお題でも、みなさんの「見え方」を楽しみにしています!