返歌特集

実は、おじいちゃんも読めなかった — 古い手紙をめぐる三句

2026年9月19日

俳句共感 3
返歌
川柳共感 11

自由律共感 6

第19回の返歌特集です。今回は、読み終わって思わず笑ってしまう、あたたかい三句連鎖を取り上げます。

始まりは、気ままにさんの**「古い手紙を、孫が読み上げている」という微笑ましい場面。そこにうたまるさんが「でも途中で止まる。字が読めなくて」と現実を差し込み、市井の詩人さんが「実は、祖父も読めていない」**という真実を暴きます。微笑ましい場面が、二段階で裏返っていく——見事なリレーでした。

一句目:孫が、読み上げている

気ままにさんの俳句。

古い手紙 / 孫が読み上げる声に / 秋日射す

3共感。まずは、しあわせな秋の午後から。

押し入れか引き出しから出てきた古い手紙。それを、孫が声に出して読んでいる。そこへ、秋の日差しが静かに射している。

いいのは、「読み上げる声に」——日差しが射しているのは、手紙でも孫でもなく、**「声」**なんですよね。声に光が当たる。幼い声が読み上げることで、古い手紙がもう一度、生き返っているような感じがします。書かれたのは何十年も前かもしれない。それを、いちばん新しい世代の声が、いま音にしている。時間を超えた、静かで美しい場面です。

二句目:途中で、止まる

そこに、うたまるさんが返歌を寄せます。

孫の声 / 途中で止まる / 字が読めず

11共感。——現実が、そっと入ってきます。

美しく読み上げられていたはずの声が、途中でぴたりと止まる。理由は、「字が読めず」。古い手紙ですから、崩し字かもしれないし、旧字体かもしれない。あるいは、達筆すぎて読めないのかもしれない。

子どもの朗読が止まる、あの独特の間——わかりますよね。読めない字の前で、ぐっと詰まる。周りの大人が、次の言葉を待っている。一句目の詩情に、生活のリアルがそっと差し込まれた瞬間です。しかもこれ、責めていないんですよね。ただ「止まった」という事実だけ。

三句目:祖父も、読めなかった

そして、市井の詩人さんが、この場面の真相を明かします。

祖父も読めず / 「ここはね」と / ごまかしている

6共感。——ここで、声を出して笑ってしまいました。

孫が読めなくて止まった。当然、おじいちゃんに聞くわけです。ところが——祖父も読めない(笑)。それでも、孫の前で「わからない」とは言えない。だから**「ここはね」**と、いかにも知っているような顔で、適当にごまかす。

この「ここはね」の五文字が、本当に素晴らしいんですよね。言いかけて、続きがない。読者には、そのあとの祖父のしどろもどろまで聞こえてくる。威厳を保とうとして、けれど内心は冷や汗。おじいちゃんの、かわいい見栄です。

そして、この句のやさしさは、それを暴きながら、まったく馬鹿にしていないところにあります。「ごまかしている」——見ている人(詠み手)は、気づいているんです。気づいていて、黙っている。祖父の見栄を、そっと成立させてあげている。

読めない手紙の前で、三世代が

三句を並べると、場面がどんどん奥行きを持っていくのがわかります。

  • 一句目(気ままに):孫が読み上げ、秋日が射す(美しい場面・俳句)
  • 二句目(うたまる):その声が止まる。字が読めない(現実・川柳)
  • 三句目(市井):実は祖父も読めず、ごまかす(真相/笑い・自由詩)

そして面白いのは、三句とも「読めない」で終わっていないことです。孫も読めない、祖父も読めない。結局、その手紙は誰にも読めていない(笑)。それなのに、この場面はとてもあたたかい。

たぶん、手紙の中身より、その時間のほうが大事なんですよね。孫が一生懸命に読もうとしたこと。祖父が格好をつけようとしたこと。それを黙って見ていた誰かがいたこと。読めない手紙のまわりに、三世代が集まっている——その景色そのものが、秋の日射しの中で光っている。


気ままにさん、うたまるさん、市井の詩人さん、こんなに愛おしい場面を三人がかりで作ってくれてありがとうございました。

読めなかった字は、結局なんて書いてあったんでしょうね。きっと、おじいちゃんは今もごまかし続けている気がします。

みなさんの家にも、誰にも読めない古い手紙、眠っていませんか? よかったら、この三句に四句目を継いでみてください。おばあちゃんがさらっと読んでしまう展開も、見てみたい気がします。