4月の月間お題**「出会いと別れ」**に、22句もの投稿をいただきました!
入学、就職、引越し、転勤、卒業——4月は人生の節目がぎゅっと詰まった月。みなさんが「出会い」と「別れ」をどう切り取ったか、振り返ってみます。
全体の傾向
面白かったのは、「別れ」の句が圧倒的に多かったこと。改札、駅、面影、見送る——別れの瞬間を詠んだ句が並びました。
そして「出会い」の句は数こそ少ないけれど、それぞれがじわじわと染みる出会い方を捉えていて、忘れがたい余韻を残しました。
今回はその両極から、特に印象に残った4句をご紹介します。
出会い側の二句
朝日射す / 子どもの靴が / 棚に増え
日常生活さんの俳句。**「靴が増え」**だけで、子の成長と家族の歴史が立ち上がってきます。
去年は履けた靴が、今年はもう小さい。新しい靴が玄関の棚に並ぶ。“増え”という動詞ひとつで、出会い直しの感覚が生まれます。同じ我が子なのに、また新しいサイズの彼/彼女と出会っている。
朝日が射す棚——それを見つめる親の眼差しまで見えてくる、温度のある一句でした。
バブ語とも / 喃語とも言う / 音重ね / バブアウ言って / いつしかママに
川石のりたけさんの短歌。これはもう、赤ちゃんとの出会いそのもの。
「バブ語とも喃語とも言う」って、辞書的な言い換えがちょっとお茶目で、子煩悩なお父さん(お母さん?)の眼差しが滲みます。「バブアウ言って / いつしかママに」——意味のない音の連なりが、ある日突然「ママ」になる。あの瞬間って、世界が一回ひっくり返るくらい嬉しいんですよね。
「音重ね」という選句の妙にも唸りました。重ねていくうちに、言葉になる。出会いも、そうやって積み重なる。
別れ側の二句
春風に / 名札外した子の顔 / まぶしくて
うたまるさんの俳句。「名札外した子の顔」——この一語が刺さります。
入園・入学のとき、胸につけていた名札。一年経って、それを外した子の顔は、もう「名前を貼って覚えてもらう存在」じゃない。ちゃんと顔で覚えてもらえる存在になった。
「まぶしくて」と詠み手が目を細めるのは、春の光のせいだけじゃない。少し離れた場所から見つめる成長への眩しさ。子離れの予感、と読んでもいい。短い句に、長い時間が流れています。
春の宵 / 別れし友の / 面影を / たんぽぽの綿毛に乗せて / そっと放ちぬ
秋声さんの短歌。これはもう、雅で、静か。
別れた友の面影を、たんぽぽの綿毛に乗せて放つ——なんて優しい弔い方でしょう。「そっと放ちぬ」の文語の余韻もいい。強く握りしめるのではなく、風に委ねる。そういう別れの作法を、この一首は教えてくれます。
春の宵の薄暗さの中、白い綿毛がふわっと飛んでいく光景。**「面影を綿毛に乗せる」**という発想がそもそも美しい。短歌だからこそ詠める、ゆっくりとした時間がありました。
まとめ
22句を読んでいて気づいたのは、「また明日」と言える別れと**「もう会えない」別れ**の両方が並んでいたこと。
通勤・通学の改札で交わす毎日の小さな別れ。引越しや転勤、あるいは永遠の別れ。4月という月は、その全部が同居している不思議な季節なんだと、改めて思わされました。
出会いも別れも、自分の中に残っていく。みなさんが残してくれた22句の中に、きっと誰かの“あの春”が隠れています。次のお題でも、みなさんの節目をお待ちしています!